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アトリエ便り

大竹五洋日常・絨毯

今日、居間に新しい絨毯を敷いた。本額装の100号以上の作品を数点、壁に立てかけているので家族総出で敷くことになった。一点が20キロ以上あるので大変である。

大竹五洋の画歴・雅号

伊東深水は姓名学にも凝っていて弟子や人の名前を付けるときは各数にこだわる人であった。特に弟子の場合は自分の名前との共通点を作らねばならない。五洋は五つの海をまたにかけるくらい頑張ってほしいと名付けられたものである。洋の三ズイは深水と共通する。同時に妻の通り名(各数が悪いという理由から)と息子の名前も伊東深水が名付け親となっている。家族にも名前も付けてもらえたのは私と実子の万耀氏のところくらいであろう。

大竹五洋日常・年末ジャンボ

今日は年末ジャンボ宝くじの販売初日であった。7億円を目指して地元のみずほ銀行へ行く。

大竹五洋日常・制作の準備

この間、依頼を受けたバレリーナの娘さんの作品の制作準備に取り掛かる。手足を伸ばした独特のポーズは構図をとりにくいものでもある。

バレエの雑誌を参考にしながら作品の構成を練っているところである。

大竹五洋の画歴・伊東深水のアトリエ

伊東先生は戦前、池上本門寺の広い土地を借りてアトリエとしていた。戦中は小諸に疎開をして、戦後は鎌倉市に居を構えた。鎌倉のアトリエは山之内、いわゆる北鎌倉にあり、北鎌倉駅を降りてすぐ右手の交番の奥の坂道を登った山の上にあった。字名で言うと西瓜ヶ谷というところだ。私はここで14年過ごすことになった。鎌倉へ買い物するときはよく葛原ヶ岡の山道を通りって行った。

大竹五洋日常・絨毯

今日のロータリークラブの卓話は多摩大総合研究所所長の望月照彦氏の「鎌倉の世間遺産で世界が感動!」であった。簡単にいえば、鎌倉の良いところを市民一人一人が自覚して守っていこうというものである。

帰り道、妻と合流して居間に敷くための絨毯を購入する。今まで使っていた絨毯の色が廃番になっていたので選び直した。

大竹五洋の画歴・深水の弟子

伊東深水の弟子を名乗る作家が何人かいるが、顔と名前が一致した弟子は私を含めて5~6人しかいない。今で言う産経主催のカルチャースクールの教え子を含めれば500人くらいはいるからだ。そのため「おい!君」ですまされる。

大竹五洋日本画教室・久々の教室出の制作

ひさびさに鎌倉商工会議所での教室、主に花の絵を中心にみんな張り切って描いている。

大竹五洋の画歴・伊東深水

伊東深水とはいつも一緒にいたので思い出も多い。伊東深水は自分で長唄を作っていた。自分で気に入った作品が出来ると良く謡いながら踊っていた。

大竹五洋日常・売り込み

今日は絵を欲している知人のご自宅に絵の売買の打ち合わせをした。先方は新しく賃貸集合住宅のビルを建てるとのこと。ビルの入り口に飾る小品の風景を描くことで話がまとまる。

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